月経前気分不快症候群
月経前気分不快症候群とは?
生理(月経)の前になると、心や体に変化を感じる女性は多く、日本人女性の約8割が、何らかの不調を自覚しているといわれています。
月経前気分不快症候群(PMDD:Premenstrual Dysphoric Disorder)は、このような月経前症候群(PMS:Premenstrual Syndrome)のなかでも心の不調が強く現れる状態を指します。
通常、生理が始まる1~2週間前から、イライラや気分の落ち込みといった精神的な症状が強くなりますが、生理が始まると自然に軽減し、生理の終了する頃には症状が消失するのが特徴です。
PMDDによる気分の変動は非常に大きく、感情のコントロールが難しくなるため、人間関係に支障が生じたり、仕事や勉強のパフォーマンスが著しく低下したりして、社会活動に影響を及ぼすことがあります。
当院では、PMDDの方が生理前の心の不調に振り回されず、穏やかに過ごせるようサポートを行っています。生理に伴うメンタルの症状にお困りの方は、どうぞお気軽にご相談ください。
月経前気分不快症候群のセルフチェック
生理の1~2週間前頃から以下のような症状が現れる場合、PMDDの可能性があります。
これらの症状は、生理が始まると症状が軽減・消失するのが特徴です。
当てはまる項目があり、症状が続く場合には一度ご相談ください。
- 強い気分の落ち込みがあり、涙もろくなる
- 怒りやイライラが抑えられず、攻撃的になる
- 仕事や勉強に集中できない、何もやる気が起きない
- 強い不安や緊張を感じる
- 眠れない、または寝過ぎてしまう
- 胸の張りやむくみ、頭痛などの身体症状が続く
- 食欲がない、もしくは過食や甘いものが無性に食べたくなる
月経前気分不快症候群の有病率
生理前の心と体の不調は、多くの女性が経験している身近な症状です。
症状が軽い場合、月に数日だけ鎮痛薬などを使ってやり過ごすケースも多く、実際に医療機関を受診して、PMSと診断される方は、全体のおよそ20~30%程度です。
その中でも特に症状が強いPMDDの有病率は3~8%とされており、これはPMSを重症度別にみた場合の「重いタイプ」の割合にあたります*1。
PMDDは幅広い年代にみられますが、現れる症状の種類や数、程度には個人差が大きく、周囲に相談できずに苦しい思いをしている方は少なくありません。
有病率を知ることは、「症状に苦しんでいるのは自分だけではない」という安心につながり、医療機関に相談してみようと思うきっかけになります。PMDDは、女性特有の不調ではありますが、精神的な症状が中心になるため、症状が重い場合には、精神科や心療内科での治療が必要です。
月経前気分不快症候群の原因
PMDDの原因はまだ完全には解明されていませんが、いくつかの体質や生活習慣が発症に関わると考えられています。
ホルモン変動への感受性
女性は、生理周期に伴い、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)という2つの女性ホルモンが大きく変動します。
黄体期(排卵後から月経までの約2週間)には、これらのホルモンの分泌が増え、月経の3~10日前になると急激に減少します。このジェットコースターのような急激な変動が脳や体に大きな負担となり、PMSやPMDDの症状を引き起こすと考えられています。
このホルモン変動に対する感じ方には個人差があり、多くの方は自然に順応していますが、脳が敏感に反応してしまう方は不快な症状が強く現れると考えられています。
神経伝達物質(セロトニン・GABA)の変動
排卵後に増えたプロゲステロンは、月経開始の1週間前くらいから減り始めます。プロゲステロンの減少は、セロトニンやGABA(γ-アミノ酪酸)といった神経の興奮を鎮める作用を持つ抑制系の神経伝達物質の働きを弱めることが分かっています。これらの物質がうまく働かなくなることで、落ち込みや不安が生じやすくなり、気持ちを安定させることが難しくなると考えられています。
ストレスや自律神経の不調
仕事や家庭のストレス、睡眠不足、過労などが続くと、自律神経のバランスが崩れやすくなります。自律神経は女性ホルモンとの関係が深く、交感神経と副交感神経のバランスが乱れることで心身の不調が強まり、PMDDの症状を悪化させると考えられています。
うつ病や不安障害の既往
過去にうつ病やパニック障害、不安障害といった精神疾患を経験した方は、PMDDを発症しやすいといわれています。もともと気分の変動に敏感な脳の特性が影響すると考えられており、PMDDをきっかけに病気が再発するケースもあるため注意が必要です。
家族歴・生活習慣
親や姉妹にPMSやPMDDがある場合、同様の体質を受け継いでいる可能性があります。
また、家族は生活スタイルが似ているケースが多く、不規則な食生活や睡眠不足、喫煙や飲酒といった生活習慣も発症しやすさに関係すると考えられています。
月経前気分不快症候群のおもな症状
PMDDの症状は、精神症状と身体症状に分けられます。
症状の程度や数、現れ方には個人差があり、患者さんによってそれぞれ異なります。
主な精神症状
- 気持ちの落ち込み
- 無気力
- 不安感
- 焦燥感
- イライラ
- 緊張
- 怒りっぽい
- 集中力の低下
- 記憶力の低下
- 不眠、過眠(睡眠障害)
主な身体症状
- 頭痛
- 動悸
- めまい
- 耳鳴り
- 倦怠感
- 食欲不振、過食
- 腰痛
- 肩こり
- 胃の不快感
- 肌荒れ
- むくみ
- 乳房の張りや痛み
- 便秘
月経前気分不快症候群の診断
PMDDの診断は、症状の種類や程度のほか、生理周期との関係を確認する必要があります。
当院では、詳しい問診や症状の記録などから、アメリカ精神医学会の作成した診断基準(DSM-5)をもとに医師が診断を行います。
【参考】月経前気分不快症候群の診断基準 (DSM-5)
PMDDは、生理前に症状が現れ、生理が始まると軽くなり、生理が終わる頃には消失するという特徴があります。
次の症状のうち、A群から1つ以上、B群と合わせて合計5つ以上が1年以上続く場合、PMDDと診断される可能性があります。
(ただし、うつ病やパニック障害など、他の精神疾患による「生理前の悪化」を除きます。)
なお、診断には、医師の問診や記録が必要です。
A群(必ず1つ以上が必要)
- 気分の変動が激しい
- 怒りやイライラが強い
- 抑うつ気分
- 強い不安や緊張
B群(合計5つに達するまで追加)
- 興味や関心の低下
- 集中力の低下
- 倦怠感、疲れやすい、無気力
- 食欲の変化(食欲不振、過食、甘いものが止められないなど)
- 睡眠の変化(不眠または過眠)
- 感情のコントロールが効かないと感じる
- 身体の不調(胸の張りや痛み、頭痛、関節痛、むくみ、体重増加など)
月経前気分不快症候群の治療法
当院では、PMDDの改善のため、主に以下のような治療を行っています。
薬物療法
患者さんの症状や体質に合わせて以下のような薬物療法を行います。
当院では、必要最小限の薬剤を選び、副作用に注意しながら慎重に調整を行っております。
■SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
脳内のセロトニンを増加させる作用があります。
代表的なうつ病治療薬ですが、イライラや怒りなどの感情を抑える効果があることから、中等度以上のPMDDの症状の改善にも使われています。うつ病治療では効果を感じられるまでに2~4週間程度かかりますが、PMDD治療の場合、1~3日程度と短期間で症状が軽減され、即効性が期待できます。
黄体期(月経前の2週間)だけ服用する方法(間欠投与)や、継続して服用する方法(連続投与)があり、患者さんの重症度によって使い分けます。
■抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)
不安、緊張、動悸、息苦しさ、震えなどの身体症状をすばやく和らげる作用があります。即効性がある一方で依存や耐性がつきやすいため、精神症状が重い時のみ一時的に利用します。
■漢方薬
漢方薬は、生理に関連する症状や女性の不定愁訴に広く用いられています。
生理前の症状は東洋医学的に瘀血(おけつ:血液が滞った状態)と気の異常により生じると考えられており、症状や体質(証)に合わせ、以下のような漢方薬を使用します。
- 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう):気持ちの落ち込み
- 加味逍遙散(かみしょうようさん):イライラ、気持ちの落ち込み
- 柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう):不安、不眠、神経質
- 甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう):興奮しやすい、感情が抑えられない
- 抑肝散(よくかんさん):イライラ
- 抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ):イライラ
- 香蘇散(こうそさん):イライラ、抑うつ
※その他、不眠には睡眠薬、頭痛や腹痛には鎮痛剤など、症状に応じて薬剤を処方することがあります。
月経前気分不快症候群のセルフケア
PMDDは、日々の生活習慣やストレスとの付き合い方などにも大きな影響を受けます。
クリニックで行う治療と併せて、日々の生活の中で以下のようなセルフケアを心がけていきましょう。
生理周期と症状の記録を付ける
ご自身の生理周期のリズムと、それに伴う体調の変化を記録する症状日記をつけましょう。
症状の起こる時期や内容を詳しく記録することで、体調の変化を予測でき、対処しやすくなります。
生活のリズムを整える
寝不足などの不規則な生活が続くと、自律神経やホルモンバランスの乱れにつながります。
健やかな心と体を維持するためにも、早寝早起きを心がけ、十分な睡眠を確保しましょう。
また、食事や睡眠の時間を可能な範囲で一定し、規則正しい生活をすることで、自律神経やホルモンバランスが整い、体調の変化の波を緩やかにする効果が期待できます。
適度な運動
ジョギングやウォーキングなどの有酸素運動は、セロトニンをはじめとするさまざまなホルモンの分泌を促すといわれています。また、適度な運動は、ストレスを発散し、気分のリフレッシュになり、血流が改善されることで、生理前の痛みやむくみを改善する効果も期待できます。
ただし、疲れすぎはストレスになることもあります。週に2~3回無理のない範囲で行いましょう。
よくある質問
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生理前の心身の不調があります。婦人科と心療内科のどちらを受診したらよいですか?
PMDDは、心と体の両方の症状を伴うことが多いため、何科を受診したらよいか迷う方もいると思いますが、中等度以上の場合は心療内科や精神科での治療が必要なケースが多いです。
基本的に、気分の落ち込みやイライラ、不安といった精神的な症状が強い場合は心療内科、腹痛や月経過多、頭痛などの身体的な症状が強い場合は、婦人科へ相談されることをおすすめします。 -
PMDDとPMSを見分けるためのポイントはありますか?
PMDDは心と体の両方に症状が出ることから、PMSとの境界は分かりにくい場合もあります。
日常生活への影響が診断の大きなポイントで、いくつかの精神症状や身体症状などが重なり、生活の質が著しく低下している場合にはPMDDと診断される可能性が高いです。
ただし、うつ病やパニック障害のように、生理前に症状が悪化する精神疾患もあり、それらの疾患との鑑別が必要なケースもあります。気になる症状がある時は、お気軽にご相談ください。 -
薬の依存性が心配です。抗うつ薬は必ず必要でしょうか?
軽度の場合は、漢方薬で改善するケースもありますが、症状が強い場合は抗うつ薬の使用を検討します。SSRIと呼ばれる抗うつ薬は、依存性がなく、安全性が確認されているものです。医師の指示に従い、正しく服用していただければ過度に心配する必要はありません。
服用開始時、一時的に吐き気やめまい、倦怠感などの副作用が出ることもありますが、次第に治まるケースが多いです。
また、黄体期のみ、生理前のみ服用するなど、服用法を調整することで、副作用を抑えつつ、効果を得ることができます。ただし、自己判断で服用をストップしてしまうと、めまいや、頭痛などの離脱症状が現れることもあります。
服薬については自己判断をせず、分からない事や心配なことがある場合は医師にご相談ください。
院長からのひと言
近年、社会で活躍する女性が増える一方で、生理前の気分の変動に悩む方も多くいらっしゃいます。「生理が始まれば楽になるから」と我慢してしまう方も少なくありませんが、毎月やってくる生理のたびに、心や体が大きく揺さぶられるのはとてもつらいことです。
適切な治療を受けることで、今よりもずっと楽に、自分らしく生活することが可能になります。
当院では、皆さんの心と体に寄り添い、安心できるサポートを心がけています。
生理前の心の不調でお困りの方は、ぜひ一度ご相談ください。