軽度認知障害
軽度認知障害(MCI)とは?
軽度認知障害(MCI)*1は、いわゆる「認知症予備軍」と呼ばれる状態で、記憶力や判断力などの認知機能の一部に低下が見られるものの、日常生活には大きな支障はなく、自立した生活が送れる段階を指します。
認知症に比べると症状は軽いですが、MCIの段階で適切な対応を行わない場合、将来的に認知症を発症するリスクが高くなるといわれており、MCIと診断された方の約50%が5年以内に認知症へ移行するという報告もあります。*2
もちろんMCIの方すべてが認知症に進行するわけではなく、過度に心配する必要はありませんが、この段階で早期に適切な対策を行うことができれば、認知症発症を遅らせることが可能になるだけでなく、元の健常な認知レベルに回復する可能性も十分あるため、早期の対策が望まれます。
当院では、MCIの早期発見と予防に力を入れており、安心してご相談いただける体制を整えております。「ちょっと心配だけど、病院に行くほどではないかも……」と迷われている方も、まずはお気軽にご相談ください。
*1 Mild Cognitive Impairmentの略
軽度認知障害セルフチェック
以下の項目は、認知症の初期にみられる主な症状です。
以下のような変化が複数現れ、症状が続く場合には、一度、認知機能の検査を受けてみることをおすすめします。
- 数分前に聞いた話を思い出せないことがある
- 今日の日付や曜日が分からなくなることがある
- 会話中に言いたい言葉がなかなか出てこない
- 同じ話題を何度も繰り返すことがある
- 約束や予定を忘れてしまうことがある
- 物の置き場所を頻繁に忘れる
- 知っているはずの道で迷うことがある
- 料理の味付けや運転の仕方が変わったと指摘される
- 趣味や好きだったことに興味を示さなくなった
- 以前から続けていた日課をやらなくなった
国内の軽度認知障害(MCI)の特徴と患者数
もの忘れをはじめとする記憶力の低下は、中高年以降に増加するよくある症状の一つです。
加齢による生理的なもの忘れは緩やかに進行するのが特徴で、日常生活に支障をきたすことは少ないですが、もの忘れが同年齢の人に比べて強い場合や、理解力や判断力の低下や行動の変化などを生じる場合には、MCIの可能性が考えられます。
MCIは年齢とともに発症数が増加するのが特徴で、超高齢社会といわれる日本では、MCIに該当する方の数は年々増加傾向にあります。厚生労働省が2022年に実施した調査*3によると、65歳以上の高齢者におけるMCIの該当者数は558.5万人に上り、高齢者全体の15.5%を占める高い割合となっています。人口減少が進む日本では、ますます高齢化が進み、MCIの有病率も高い水準が続くと予想されており、2040年には612.8万人に達すると推測されています。
*3厚生労働省 「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」
軽度認知障害(MCI)の原因
認知機能の低下は、ホルモンや栄養の異常、薬の副作用、精神的要因など、さまざまな原因で起こりますが、特に頻度が高い原因に、中枢神経系変性疾患や脳の血管障害があります。
中枢神経系変性疾患とは、脳や脊髄などの神経細胞が失われることでもの忘れや運動障害などを引き起こす病気の総称で、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などがあります。認知症全体の約7割を占めるアルツハイマー型認知症は、脳内に異常なタンパク質*4が溜まり、神経細胞が破壊される病気で、MCIの原因の約5割を占めるといわれています。
また、脳梗塞や脳出血など、脳の血管が詰まったり、破れたりして生じる脳血管性認知症もMCIのような段階を経て認知症に移行することが知られています。
ただし、短期間のうちに認知症に至るケースもあれば、MCIの状態で長く留まるケース、さらに自然に改善するケースもあるなど、進行のスピードや経過にはそれぞれ個人差があります。なぜ、こうした違いを生じるかは、まだ十分に分かっていませんが、その背景に生活習慣(睡眠障害、運動不足、食事バランスなど)や遺伝的要因、社会的孤立や慢性的なストレスなどが関連要因として挙げられています。
*4アミロイドβ、リン酸タウなどの特殊なタンパク質が徐々に脳内に蓄積される
≪MCIを招く主な要因≫
- 中枢神経系変性疾患(アルツハイマー病、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など)
- 脳血管障害(慢性硬膜下血腫、脳梗塞、脳出血など)
- 栄養不足(ビタミンB群欠乏症など)
- ホルモン異常(甲状腺機能低下症など)
- 精神的要因(うつ病など)
- 薬の副作用(抗不安薬、睡眠薬など)
軽度認知障害(MCI)の症状
MCIには、記憶力の低下から始まる「健忘型MCI」と、注意力や遂行力の低下などから始まる「非健忘型MCI」という2つのタイプがあります。それぞれのタイプによって特徴がありますが、障害が軽く、日常生活には大きな支障がないことも多いため、患者さんご本人やご家族でも異変に気付くのが難しい場合もあります。
健忘型(けんぼうがた)MCI
健忘型MCIの主な初期症状は、記憶障害(もの忘れ)です。健忘型には、記憶障害のみを生じる「単一領域型」と、記憶障害以外の症状も伴う「多重領域型」という2つのタイプがあります。
単一領域型は、将来、アルツハイマー型認知症に移行する可能性が高く、多領域型は、アルツハイマー型認知症もしくは血管性認知症に移行するケースが多いとされています。
≪健忘型MCIの主な初期症状≫
- 新しい情報が覚えにくい
- 少し前のことが思い出せない
- 複雑な作業が難しくなる
非健忘型(ひけんぼうがた)MCI
非健忘型は、注意力や物事を実行する能力、言語能力など、記憶障害以外の認知機能の低下が初期の段階でみられるのが特徴です。非健忘型には、一つの障害のみを生じる「単一領域型」と、複数の障害を伴う「多重領域型」という2つのタイプがあります。
単一領域型は前頭側頭型認知症へ移行する可能性が高く、多重領域型はレビー小体型認知症、もしくは血管性認知症に移行するケースが多いとされています。
≪非健忘型MCIの主な初期症状≫
- 2つの事を同時に行うことができない
- 人の顔や物の名前が思い出せない
- 1つのことを集中して続けることができない
- 物事を計画的に進められない
- 状況を正しく理解できない
- 着替えなど、日常的な動作が分からなくなる
軽度認知障害(MCI)の予防対策
認知機能の低下が気になる時はもちろん、将来のリスクを減らすためにも、早いうちから以下のような対策を行いましょう。
生活習慣病のコントロール
高血圧や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病は、認知症やMCIの発症リスクを高めることが分かっています。バランスの良い食事、適度な運動、質の良い睡眠など、規則正しい生活を送るとともに、必要に応じて薬剤の内服を行い、病状をコントロールしましょう。喫煙や過度のアルコール摂取は、生活習慣病のリスクを高めます。禁煙を心がけ、お酒の飲み過ぎにも注意しましょう。
社会活動に参加する
周囲の人との会話や交流は、ストレスを解消し、脳に良い刺激を与えることができます。
また、趣味やスポーツ、ボランティア、地域の行事などで役割を持つことは、認知症の予防に役立ちます。ただし、負担の強すぎる内容や周囲からの強要は逆効果になってしまうため、ご本人の能力や関心、興味に適した活動を選ぶことが大切です。
相談する
困った時に相談する人がいて情緒的なサポートを受けている人は、そうでない人に比べ認知機能が低下しにくく、記憶を司る脳の海馬の容積が保持されやすいという報告もあります。
困った時やつらい時は、我慢せず誰かに話を聞いてもらいましょう。身近に助けを求められない場合は、医療機関や地域の支援機関などのサポートを積極的に利用しましょう。
よくある質問
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MCIは自然に治ることはありますか?
MCIの方のすべてが認知症に進行するわけではなく、MCIの状態で留まる方もいますし、約16~41%の方は健常なレベルに戻るといわれています。複数の障害を伴う多領域型よりも、障害が1つのみの単一領域型の方が、より回復する可能性は高いといわれています。いずれにしても、MCIをできるだけ早く発見し、改善するための取り組みを積極的に行っていく必要があります。
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若い人でもMCIを発症しますか?
若い方でもMCIを発症し、認知症に移行することはあります。65歳未満の方の認知症は、「若年性認知症」と呼ばれており、家計を支える現役世代の発症は、子育てや介護など、ご家族全員への影響がより一層大きくなることが考えられます。
早期に発見し、認知症への移行を回避するための対策を行うことはもちろん、万一、症状が進行した場合に備え、障害が軽いMCIのうちに、公的なサービスや介護保険、その他生活に必要になる情報を調べておくなど、事前の準備をしておくことも重要になります。
院長からのひと言
MCIは、食事や運動、認知トレーニングなどの取り組みによって、健常な状態に回復する可能性が十分に残されています。そのため、できるだけ早い段階で気づき、対応することがとても大切です。
認知機能の変化に不安を感じることは、どなたにとっても自然なことです。当院では、患者さんお一人おひとりの不安に丁寧に寄り添いながら、適切な検査とサポートをご提供しています。
もの忘れや「いつもと違う」と感じることがあれば、どんな小さなことでも構いません。ぜひお気軽にご相談ください。